漫才作家・中田明成

5000本の漫才台本を書いた作家、中田明成のウェブサイトです。

夢路いとし・喜味こいし「昔に戻ろう」

いとし:私、なんぼ年とっても、絶対にこの言葉だけは口にせんとこ思てる言葉が二つありましてね
こいし:ホー、その二つの言葉とは?
い:「このごろの若い者は」と「わしももう年やから」の二つ
こ:守れるか?
い:「このごろの若い者は」とか「わしももう年やから」なんて言うてるようでは、平成時代を生きる資格ないね
こ:またええ格好言うて、そんなこと言うとるから、若手の漫才師から「いとし師匠はええ格好しいや」なんて言われるねやぞ
い:若手の漫才師がそんなことを?
こ:言うとったがな
い:このごろの若い者は言葉を知らん!
こ:言うとるやないか!
い:そやけど、大先輩に向かって「ええ格好しいや」とは失礼やないか
こ:ほな呼んで怒ってやるか?
い:いや、そこまではようせんわ
こ:なんで?
い:わしももう年やから
こ:勝手にせい!まあしかし、年いくとそういう言葉とか「昔は良かった」なんて言葉がつい口に出てしまうもんで
い:現実に昔は良かったがな
こ:それは君がそう思うだけで、よう考えたら、昔より今の方がええで
い:そんなこと有るかい、今より昔の方が良かったんに決まってますよ
こ:ほなどう良かった言うの
い:今私、せんべい食べられへんねんで、昔バリバリ噛めたんやで、昔の方が良かったやないか。
こ:……いやあのね
い:今私、糖尿病の気があって甘い物あかんねん、昔あんころ餅なんぼでも食えたんやで、昔の方がよかったがな
こ:……いや違うねん
い:私今、子供よう作らんねん、昔ポンポン作れたんやで、昔の方が良かったがな
こ:それは君だけの個人の問題や!私は君だけの話をして無いねん
い:私だけと違うがな。うちの嫁はん今でこそシワクチャやけど、あれでも昔は良かったんやで
こ:……あの嫁はんがかい!?
い:近所では、小村娘で通ってまして
こ:なんやその、小村娘て?
い:小町娘の次に美人が小村娘いうねん
こ:ほんまかいなそれ!とにかく私が言うてるのはそういう個人の問題と違ごて、世の中全体のことや
い:世の中全体というと?
こ:例えば、ちょっとどこかへ行く用事があっても、今やったら車ですっと行けるわな。ところが君の若い頃やってみい。歩いていくか駕籠で行くしか無かったんやで
い:駕籠て!私は江戸時代の生まれやないで!
こ:今は便利や、車どころかロケットに乗って宇宙まで行ける時代や
い:ほな君はそのロケットに乗って宇宙へ行ったこと有るんかい!?
こ:無いけども便利になったやろ!
い:便利と良かったとは別ですよ
こ:昔やったら遠くへ文章を送るには手紙しか無かったんや、今はファックスが
い:でそのファックス、君とこの家に有るんかい!?
こ:ファックスは無いわい!そやけど電話が有るねん。便利やないか
い:便利と良かったとは違う言うてるやろ
こ:どう違うねん!?
い:昔はあの嫌な間違い電話もいたずら電話も無かったんやで、昔は良かったやないか
こ:それは電話が無いからや!
い:電話は便利言うけど、電話つけて「こんな不便な物無い」て言うた人もおるねんで
こ:誰がや?
い:日本で一番最初に電話付けた人、かけるとこも無けりゃ、かかってくる電話も無い言うて
こ:そら特殊な例や!
い:クーラーや冷蔵庫でも「こんな不便な物はない」いうてる人かてようけおるねんで
こ:誰がそんなこと言うてるねん
い:エキスモーの人
こ:エキスモーの人がそんなもん買うんか!
い:どう考えても昔は良かったね
こ:……そんなことばっかり言うとったら、人に置いていかれるぞ
い:へ?人が何を置いていってくれるの?
こ:違うがな!つまり世の中に置いて行かれる言うねん
い:そやから、世の中が私の家に何を置いていってくれるのやと聞いとんねや
こ:置いて行くかい!世の中に取り残される言うとんねや
い:私取り残されるの慣れてまして
こ:というと?
い:この前かて、家族そろってハイキングに行くことになっていながら、行く日の朝、私が目覚ましたら、誰もおらへんねん
こ:置いて行かれたんかい
い:昼の弁当を食べる時に、初めて「おじいちゃんを忘れてた」て家族の連中が気が付きよったんやで
こ:情けない存在やなぁ君は!
い:人に何を言われようと、昔は良かったんやから
こ:けど食べ物を考えてみ、昔に比べると今はグルメ時代で、食べよと思えば、トロに伊勢海老にステーキにキャビアをまとめて食べることが出来るねんで
い:で君、トロに伊勢海老にステーキにキャビアをまとめて食べたことあるんかい!?
こ:無いけども、金さえ出せば上等なもんが何でも食べられるねん、ええ時代やないか
い:けど、高級料理やからいうて美味しいとは限らんねん、伊勢海老よりほんまは握り飯のほうがうまいもんや
こ:握り飯より伊勢海老の方がうまいのん決まっとるやないか!
い:ほな君、私に毎日伊勢海老を食べさせてみ、私、君に毎日握り飯食べさせてやるから、私の方が絶対に先に飽きるから
こ:なんで私が君に、毎日伊勢海老を食わさないかんねん!
い:食べ物のことを言うなら、土地の事を考えてみ、今は一生働いても、どんだけの土地が買える?
こ:たいして買えんわな
い:昔やったら、好きなとこにロープ張って、そこにシートさえ敷いたら、そこが自分の土地になったもんや
こ:なるかい!花見の席取りやないで
い:昔に比べると今は嫌やなぁと私が一番思うのが、地方へ行ってもその土地土地の特色が無くなっていることでして
こ:これは確かに言えるわな
い:日本中どんな田舎へ行こうと、着てる洋服なんか都会と同じで、モンペ履いてる女の人おれへん
こ:そらおらんわもう
い:どちらかと言えば、今は都会人より地方の人の方がアカ抜けてまして、はっきり言うて、どこへ行っても見た感じ君が一番田舎のオッサンやで
こ:ほっといてくれ!
い:それに、言葉もその土地土地の特色が薄れてるね
こ:これも言える。この前、東北地方へは仕事に行った時もそうやった
い:私ら舞台に出た時、その土地の言葉に合わそ思て「おばんでやんす」言うて出ましたんや
こ:あれは青森での夜の舞台やった
い:ほな会場からかかった声が「いとっさんこいっさん、おもろい漫才したってや、われー」とこうですねん
こ:青森でですよ
い:こんなとこまで大阪弁が浸透してるんやなぁと思て、あとで聞いたら、その人、一週間前に大阪から転勤してきた人でして
こ:なんじゃそれ!しかし都会も地方も変わらんようになったんは、テレビの影響が大きいやろね
い:テレビのなかった時代なんか、私ら地方へ漫才しに行くと、その時初めて会場の人は「あっ漫才のいとし・こいしてこんな顔やったんか」知ってくれはったもんね
こ:他で顔を見る機会が無いから
い:その時初めて「いとっさんに比べるとこいっさんてブサイクやなぁ」と知ってくれまして
こ:やかましいわ!
い:そやから私なんか、漫才のいとしやと言わずに「歌舞伎の市川団十郎や」いうたらそれで通りましたんや
こ:通るかい!
い:そやから、テレビのない時代には、替え玉とか偽物の芸人がようおりましてね
こ:私ら、いとし・こいしの偽物もようけおりましたんやほんま
い:私ら仕事が休みで家で寝てる時に、全国のあちこちで、いとし・こいしが漫才してますねん
こ:腹立ったねぇそんな時は
い:その代わり私かて、三波春夫の偽物でよう舞台に立ちました
こ:立てるかそんな声で!……考えてみると、確かに昔はのんびりしてた
い:そやから私、”昔に戻ろう運動”を全国的に繰り広げてみよかなと思てまして
こ:”昔に戻ろう運動”?
い:私が街頭に立って、演説して回りますねん
こ:どんなふうに演説を?
い:(街頭演説風に)皆さん、今の世の中をどう思いますか。はたして昔に比べて住みやすい世の中でしょうか!そこでこの私、この度参議院選挙に立候補いたしました……
こ:選挙演説してどないするねん!立候補したらいかんねん
い:皆さん、今の世の中を昔の良き時代に戻そうではありませんか。そこのおばあちゃん、昔に戻って二十歳の娘さんになろうではありませんか
こ:なれるかい!年まで昔に戻せるわけないやろ
い:皆さん、土地やその他の全ての物価を昔の安い値段に戻しましょう
こ:物価を昔の値段に戻したら、サラリーマンの給料も昔に戻さないかんの違うか
い:サラリーマンの給料も昔に戻るのは仕方のない事です。しかし、漫才のギャラだけは据え置きにしましょう!
こ:そんな勝手なこと出来るかい!
い:皆さん、昔のように車には乗らない生活をしましょう。そうすれば交通事故も無くなります。
こ:それはええけど、そんななったら車を売って生活してはる人の生活どんななるねん。現に君とこの息子、自動車会社に勤めてるやろ
い:皆さん、車はどんどん買ってください。買っても乗らないようにしましょう
こ:アホな!
い:暴走族の皆さん。暴走をして人に迷惑をかけるのはやめましょう
こ:暴走族のあのやかましいのだけはほんま迷惑や
い:どうしても暴走がしたかったら、昔のやり方で暴走しましょう
こ:昔のやり方の暴走て?
い:荷車を引っ張って思い切り走りましょう
こ:誰がそんなしんどいことするねん
い:例え荷車の暴走族でも、高速道路を走る時は、時速六十キロでは走りましょう
こ:走れるか!カールルイスでも、荷車を引きながら、時速六十キロではよう走らへんわ
い:それから、警察の方も、サイレンをやかましく鳴らしながら、パトカーで暴走族を追いかけるのやめましょう
こ:なんでパトカーで追いかけたらあかんねん?
い:荷車とパトカーでは速さが違うねんで、走ってるうちに追い越してしまうがな
こ:ほな警察はどないして追いかけるねん
い:十手振り回して「御用だ御用だ!」
こ:もうええわ!

 

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